価値創造を再考する: APACにおけるプライベート・エクイティ・コミュニケーションの高度化
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2024年2月05日
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「上げ潮はすべての船を持ち上げる」という故ジョン・F・ケネディの格言は、世界金融危機(GFC)以降、拡大し続けるプライベート・エクイティの世界市場の状況を説明するのにふさわしい。Preqin Proのデータによれば、世界の運用資産総額は2008年の1兆5,000億米ドルから2023年には8兆6,000億米ドルへと約6倍に膨れ上がっている。
転換期を乗り切る
アジア太平洋地域ではベンチャー・キャピタルとプライベート・エクイティ市場への資金流入ペースが加速し続け、近年は北米と欧州を抜き、とりわけ明るい展望が開けている。経済成長の好条件、全体として支援的な規制環境、ますますダイナミックになる国境を越えたオルタナティブ投資のエコシステムなどすべての要素が、この地域の拡大する資本プールを利用しようとするGP(ゼネラル・パートナー)にとって、上げ潮が待ち受けていることを示していた。
しかし、幸運の潮目は変わりつつあるようだ。アジア太平洋地域を対象とするファンドの資金調達額は2023年第1~3四半期は300億米ドルにとどまり、2022年の850億米ドル超、前年の1,270億米ドルに比べるとかなり少ない。さらに、逆風が続くのではないかという見方も強まっている。グローバルな法律事務所Dechertの最近の調査によると、この地域のプライベート・エクイティ・ファンド・マネジャーは資金調達が最大の課題であると認識している。
エグジットパイプラインの改善の見込みについては、GPやLP(リミテッド・パートナー)の間でも論調は不透明だ。AVCJリサーチのデータによると、アジア太平洋地域におけるプライベート・エクイティのエグジット総額は2023年はわずか380億米ドルで、2021年の1,190億米ドルから67%減少している。2024年は金利の低下、公共市場のセンチメントの上昇、より予測可能な地政学的環境の兆候が見られるという期待が高まっているが、これまでのところ歴史的に精彩を欠いていたグローバルなディールメーキング環境が再燃するかどうかは、まだわからない。
"ファンダメンタルな価値創造 "への再注目
現在のプライベート・エクイティ環境は厳しいと言っても過言ではないが、全く前例がない、あるいは想定外だと強調するのはセンセーショナルに過ぎるだろう。
プライベート・エクイティのファンドマネジャーや機関投資家との最近の会話では、現在吹き荒れている雷雲はしばらく前に発生していたという見方が一般的だ。プライベート・エクイティ業界への資金流入が増加する中、地域のGP間のコミットメントや取引機会をめぐる競争はここ数年激しさを増している。このことは、ますます洗練されている機関投資家の世界が持続的なパフォーマンスの原動力を熱心に探求していることと相まって、関連性を維持するために「ゲームアップ」の継続的なプロセスを意味する。
このような観点から考えると、現在の環境は、投資家に魅力的なリターンを提供するためにマルチプル・エクスパンションや金融工学に依存してきた業界の関心を、「基本的価値の創造」に再び集中させるきっかけになったにすぎない。ゴールドマン・サックスのアセット&ウェルス・マネジメントのグローバル・ヘッドであるマーク・ナッハマンはフィナンシャル・タイムズ紙の最近のインタビューで、このアプローチは「今後は難しくなるだろう」と的確に指摘している。
価値創造としての戦略的コミュニケーションの再考
これはGPにとって、価値創造をより総合的に捉えようとする勝者と、市場の現実の変化に適応できない敗者との二極化が進むことを意味する。不確実性と激動の時代は、長期的な成功に向けて体勢を立て直す好機になり得ることを忘れてはならない。そのために重要なのは、凝り固まったやり方を見直し、どこから価値が生まれるかという信念を再構築することだ。
アジア太平洋地域の多くのGPが、戦略的コミュニケーションとIR(インベスター・リレーションズ)において、より意図的なアプローチを採用することの可能性に気づき始めている。従来のファンドマネジャーは基本的に、これらの密接に関連する機能を、会社全体の価値創造戦略に貢献するものとしてではなく、必要な業務上の確認事項と見なしていた。多くの場合、受け身の対応に追われ、業務はサイロ化されて、目先の実行に集中していた。このような時代遅れの視点は、より広範な戦略目標を達成するために全社的な連携を図る方法を見出そうとする視点へと、急速に移行しつつある。
それぞれの企業の独自性を理解する必要はあるが、戦略的コミュニケーション機能の近代化を目指すプライベート・エクイティのGPには主に5つの壁がある:
- 「機関投資家」を同質なものとして扱う:LPのアイデンティティは指紋と同じくらいユニークであり、ニーズ、文化、ガバナンス、洗練度、システム、特定のアセットクラスへの精通度など、さまざまな点で異なる。これは政府系ファンド、基金、ファミリーオフィスなどの機関投資家にも当てはまる。こうした違いを理解することが、よりパーソナライズされたエンゲージメント・プログラムの提供に役立つ。今日の業界は素晴らしいことに、多くのオルタナティブ・データ・プロバイダーが存在し、GPが既存の投資家データベースを活用しながら新しい洞察や予測分析を重ね合わせ、継続的にアプローチを改善できる。
- ナラティブの重要性を過小評価している:この要素は非常に重要であるにもかかわらず、見過ごされがちで、リソース不足になりやすい。核となるナラティブは企業の「ゴールデンスレッド(金の糸)」として、あらゆるチャネルでコミュニケーションのイニシアチブを支える。では、良いナラティブとは何だろうか。これは3つの重要な変数に集約される。すなわち、説得力があって、主要なオーディエンスの心に響くような、今日の文脈に根ざしたものであること。独自のものであり、主導権を握ることができる「ホワイトスペース」を明確に表現していること。そして、おそらく最も重要なのは、真実であるということだ。ナラティブの重要性を理解することにより、企業は一貫性とインパクトのあるコミュニケーションを行って価値提案の信頼性を高めることができ、不確実性のなかで苦労して手に入れた評判を守ることができる。
- GPとLPの関係を超えたコミュニケーションに気付かない:ファンドマネジャーはコミュニケーションやIRを、LPに働きかけるための外部へのマーケ ティング活動としか考えないときがある。熟練のファンドマネジャーでさえ、より広範なステークホルダーとの関わりやモニタリングの必要性を感じていないと認めている。彼らの頭の中では、GPとLPの関係が優先されているのだ。こうした視点は真実とはかけ離れている。外部との関わりやチャネルとの接点はすべて、戦略目標を支援する双方向のフィードバック・ループから洞察を収集する機会になるのだ。適切に構築された戦略的コミュニケーションのインフラは、さまざまな量的・質的ソースからのバラバラに見える情報を集約し、意思決定に役立つインテリジェンス・チャネルにすることができる。
- コンテンツ開発を「あればいい」と考える:ソート・リーダーシップの定期的な発信は、企業にとって共通の課題である。これは多くの場合、リソースの不足や、インパクトを最大化するために高品質なコンテンツを効果的に再利用できていないことが原因である。作成しようと決めたコンテンツにはさまざまな目的があることを忘れがちだ。一方で、コンテンツは、ステークホルダーが企業の「DNA」に触れる最初のタッチポイントのひとつでもある。ファンドマネジャーがどのように考え、運用し、業界でどのような位置を占めているのかみついて、貴重な洞察を提供することができる。また、ステークホルダーとの温厚な関係を保ち、新しい創造的な方法で会話を促すツールにもなる。
- 危機への備えを怠る:危機を迅速かつ効果的に管理したいという願いは、危機の最中にいるときは常に最優先されるが、危機への適切な備えは軽視されがちだ。脅威の状況は急速に進化しており、あらゆるビジネスの脆弱性を高め、ファンドマネジャーが効果的な対応を慎重に検討する必要性を高めている。危機は、下手な振る舞いやサイバーインシデント、ESGの失敗、投資家のアクティビズムなど、あらゆる場面で発生し、GP以外にも影響を与える。投資先の企業の危機や問題への対応を誤れば、GPの評判に取り返しのつかない損害を与えかねない。まさに「小さな水漏れが大きな船を沈没させる」という古い格言のとおりだ。このような状況に対してリスクを軽減して投資価値を守るために、投資先の企業に堅固な危機対応計画の採用を促すファンドマネージャーが増えている。
投資家と投資先の双方から見て、企業が防衛しやすい競争優位性を目指して舵を切る能力を強化するために、これらの要素が体系的かつ動的に連携する必要がある。今後も潮の満ち引きが激しくなる中、GPは価値創造へのアプローチ方法を変革するために格好の位置に立っていると、筆者は確信している。未知の海へと最初の一歩踏み出す勇気を持とう。
詳細については、ケネス・スミス(シニア・マネージング・ディレクター)または野尻 明裕(シニア・マネージング・ディレクター)にお問合せください。
出版
2024年2月05日